2025/01/10
テクノロジー・AIに関する専門書の買取【159冊 20,377円】
今回はAIやコンピュータなどテクノロジーの進化の歴史に関する書籍を中心に、経営学などの本も買取させていただきました。
その中でも特に買取額が高かった1冊を紹介していきたいと思います。
今回の注目本
早速ですが、こちらです。
『サイバネティクス全史 ‐人類は思考するマシンに何を夢見たのか』トマス・リッド著、松浦俊輔 訳、2017、作品社
原題は「Rise of the Machines : A Cybernetic History」(2016)。
こちらの本の著者、トマス・リッドはサイバーセキュリティの専門家としてロンドン大学キングスカレッジ戦争学科で教鞭をとっています。そう書くとコンピュータ・サイエンスなど工学分野のご出身なのかなと想像してしまいますが、「訳者あとがき」では「情報技術の分野をとり上げる社会科学者」と紹介されています。そのため、本書が注目するのもサイバネティクスという研究分野がどのような歴史的背景の中で生まれたのか、そしてどのように発展し、文化的にどのような影響を与えたのかという点であり、必ずしも工学的知識を前提としない、どちらかというと科学史の本であることをまず述べておきます。
サイバネティクスとは何か?
「サイバネティクス」という語をネット検索すると、おおむね次のような語義が表示されます。
「生物と機械における制御と通信を統一的に認識し、研究する理論の体系」
(デジタル大辞泉 「サイバネティックス(cybernetics)」より)
…これだけを読んで意味が分かる方はおそらく工学の基礎知識をお持ちの方なのではないかと思うのですが、私は今回の記事を作成する前にはさっぱりイメージが湧きませんでした。
正確さを少々犠牲にして言うならば、サイバネティクスとは「人(時には人とは限らない生物全般が対象となることもある)と機械(マシン)を統合する理論である」とここではざっくり言っておきましょう。
サイバネティクスの生まれた背景
前述したように本書は「サイバネティクスはどのような背景から生まれてきたのか」という説明から始まります。(「第1章 戦時の制御と通信」)
時は1940年代、第二次世界大戦(WWⅡ)中。皮肉なことに有史以来、テクノロジーの進化の陰には往々にして戦争がありました。WWⅡでは航空爆撃機が大きな戦力となり、敵機を撃墜させられる高性能の射撃管制の所有の有無が勝敗を分けるようになります。高性能射撃管制の実現にはどのようなスピードで、どのような角度で砲弾を発射すれば良いかを正確に予測することが不可欠です。近代の戦争では熟達した砲兵ではなくマシンがその予測計算を担うようになり、計算機の性能が上がっていきました。
また、照準を自動的に合わせるための計算のみならず、人間が手動で敵を掃射する際にもマシンの力が利用されていきます。すなわち、通信(例えば、敵機の方向に銃口を向けるためにレバーを動かすという入力)とフィードバック(爆撃機は風向きなどその時々の条件に合わせ入力値に対し最適な結果を導き出すように反応する)の繰り返しを通じて人とマシンを一体化 - マシンのシステムを通じ人の身体機能を最大限に拡張 -させようという考えが出てきます。これがまさに先ほどざっくり紹介した「人とマシンを統合する理論」の はしりでした。
(冒頭口絵)爆撃機の銃手が乗り込む球体状のタレット(詳しくは「ボールタレット」で検索ください…。)。球体から突き出ている棒状のものが機関銃。乗り込む者は身体を丸めた胎児よろしく、マシンとぴったり一体になってしまうかのような構造でした。
米国軍部は当時、戦力増強に資する研究への支援をしており、その支援対象者にMITの数学者でノーバート・ウィーナーという人物がいました。彼は「ストレス下にあるパイロットのランダムな飛行経路の予測」という研究テーマを持っており、その視点から人とマシンとを一体化させるという考えを深化させていきます。
ちなみに、彼のこの研究は残念なことに軍部からはあまり評価されませんでした…。ですが、後に上記の発想をまとめた主著『サイバネティックス』(本書中ではウィーナーの著作に限り間に“ッ”が入った表記になっているのでここでもそれに倣います。)を出版し、この分野の父と呼ばれるようになります。
サイバネティクスの3つの概念
ウィーナーのサイバネティクス理論にはオートメーション(自動化)や人とマシンのやりとりについて考える新たな取り組みの核となる3つの重要概念が含まれていました。それは
①制御(コントロール)
②フィードバック
③人とマシンの合体
でした。(「第二章 サイバネティクス誕生」)
まず①のコントロールですが、ウィーナーが考えるところ、「マシンや生物の目的とはそもそも環境の制御(コントロール)」(p68)であり、放っておくと増大するエントロピーを止めたり逆転させたりするには制御が必要になると指摘しました。
また、②については、例えば①は「ある目標値がシステム(系)に入力され、何かしらの出力があることで状態を制御する」という書き方もできるのですが、その出力のままでは目標値を維持できないような場合があります。そのため、実行結果を入力側に返す(フィードバックする)ことにより目標値の維持を図る機構が必要となります。これが後述のロス・アシュビーのホメオスタット装置の考えにも影響を与えます。
そして、最後の③がウィーナーの思想のうち特に文化面に大きな影響を与えたものでした。大戦中にも人とマシンの一体化の萌芽が見られましたが、ウィーナーは特にマシンを擬人化する傾向があったそうです。例えば、ウィーナー以前にも筋肉の電位を利用して義指を動かすことのできる義手などはあったそうですが、あくまでそこは義手、触れたものを知覚することまではできません。ところが、ウィーナーは上記②の仕組みを応用すればそれも理論上可能であると断言したのです。
ここまで書けば、人工物を生命体の中に埋め込んだサイボーグを連想することは容易いでしょう。そもそも、サイボーグとは「サイバネティック・オーガニズム(Cybernetic Organism)」の略称です。
また、この時期に登場したイギリスの発明家でサイバネティクス研究家のロス・アシュビーは、先に述べたフィードバック機能によりホメオスタシス(生体が変化を拒み、一定の状態を維持しようとする働きのこと)を維持しようとするマシンを発表。ホメオスタシスは「生体」が持つ機能と定義されているため、それを達成できているマシンはもはや生物と変わらないのでは?という衝撃的な発表をします。
この辺りからサイバネティクスと「自己調節するフィードバックシステム=思考するマシン」というアイディアが結合し始めたことも注目すべき点です。それは突き詰めると自己学習し、自己複製し、成長するマシンという姿を描き出すことになり、現在でいうところのAI技術に密接に結びついていきます。
光か、陰か
かなり導入部(第一章から第二章まで)の紹介が長くなってしまいましたが、ここからは少し急ぎ足で内容を紹介していきます。
このように誕生したサイバネティクス、サイボーグの例でも分かるようにSF作家に非常に大きなインスピレーションを与えました。早い時期のものでカート・ヴォネガットの『プレイヤー・ピアノ』(1952)、同じくヴォネガットの『サイバーとホームズ判事』(1955)、他にもスタンリー・キューブリック『2001年宇宙の旅』(映画1968年)、ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』(1980年)、ヴァーナー・ヴィンジの『マイクロチップの魔術師』(1981年)などなど…枚挙にいとまがありません(詳細は「第5章 カルチャー」を参照。)。
※余談ですが、サイバネティクスに大いに刺激されたSF作家のロン・ハバードが著した『ダイアネティックス』(1950年)は発行部数2,200万部(2024年現在)を超え、サイエントロジー教会の基本文書の1つとしても位置付けられてもいるそうです(p192より要約)。このようにサイバネティクスの思想は宗教的な面でも人々に影響を与えました。
また、WWⅡ時にはMITなど米国北東部を本拠地としていたサイバネティクスですが、国土を横断し西海岸に至りカリフォルニアでカウンターカルチャーとの融合を果たします。その過程で、同時並行的に発達していったコンピュータとネットワークという要素も加わり‟サイファーパンク“(サイファーとは暗号のこと。似ていますが、サイバーパンクとは違います。)の活動家たちも生まれてきました (「第7章 アナーキー」) 。彼らは権威的なもの(政府や軍)が独占的に使用していた暗号技術をもっと強力に進化させ、多くの人々が利用できるようにすることで社会や政治の変革を目指そうとしました。このような中から安全な通信を保証する公開鍵暗号技術が開発されてきたことも紹介されています。(公開鍵暗号の仕組みについては、NHK笑わない数学の「#9 暗号理論」の解説が分かりやすかったのでオススメです!)
このように書いていくと、サイバネティクスの思想が明るいものばかりをもたらしたかのように思えます。しかし、残念ながらどんなものにも光あれば陰あり。産業革命時には「機械が人の雇用を奪う!」という危機感から打ち壊し運動(ラッダイト運動)が起こったように、この新たなテクノロジーが人の安全を脅かすのではないかという悲観論はいつでも、その歴史と並走していました。実際、上で紹介したSF作品群には人を支配するマシンが登場するディストピアを描いたものが少なくありません。
また、1950年代後期から1970年代まで続いたロシアとの宇宙開発競争の後は、上記『ニューロマンサー』著者のギブスンが名付けた“サイバースペース”が示すように、宇宙よりPCの仮想空間へと人々の興味が移っていった時代でもありました。そして、今やコンピュータは互いに接続され便利さを増すのと比例して、悪意ある者に潜入された際にはその脆弱性をさらすことになりました。サイバースペースでの戦争、すなわちサイバー戦争(「第8章 戦争」)の始まりです。第8章では1990年代後半の、ロシアによると思われるアメリカの主要研究機関へのサイバー攻撃事件「ムーンライト・メイズ事件」の顛末が描写されています。
戦争から戦争へ
ちなみに、本書をざっと読んでみた感想ですは、出来事が時系列順に登場しない(ただし、章立ては大まかに古いものから新しいものへと進んではいます。)ことや、各章に重複する部分があること、著者独特のアイロニーなのかブラックジョークをそのままの意味で捉えてしまうと読解しづらい点などがあり、正直、全体としては若干難解な印象を受けました。
ただ、前段の第8章に登場する「ムーンライト・メイズ事件」の描写はとても臨場感があって個人的には面白かったです。おそらく、著者の専門にも最もハマっている部分だと思われ、筆致が生き生きしているように感じました。
一番最初に著者について軽く触れましたが、彼の勤務先が戦争学科であるという点も大きく影響しているのかどうか、WWⅡという戦争から生まれたサイバネティックス思想は、本書の中でも21世紀を目前にしてまた戦争への活用に戻ってきてしまいました。この点だけでも本書全体から放たれるアイロニーを感じてしまいます。
いえ、“戻ってきて”しまったという書き方はあまり正しくないかも知れません。上に出て来た章以外にも第3章では戦争のオートメーション化に触れていますし、第4章ではベトナム戦争時に活用を検討したサイボーグ、第6章ではまた米空軍主導で開発されたディスプレイ搭載のヘルメット(頭を動かし敵機を視認すると武器の照準が合う)の話など、やはりいつの時代でもこのテクノロジー進化の陰には戦争がありました。
サイバネティクスという神話
さて、少し荒いですが、そろそろまとめに入ります。
著者はサイバネティクスという思想には神話性があると述べます。
サイバネティクスはそもそもが「人とマシンの成長を続けるやり取りを研究する」という思想です。それゆえ、常にその発展の先には未来予測が可能になるのだという強い啓示をもたらします。「成長を続ける」のですから到達点を予測できません。見える到達点があるのだとしたら、それは成長が止まった点であり、究極の自己矛盾となるからです。
神話とは、このようにいずれ到達する未来の姿を人々に暗示し続ける力を持った言説を、そう呼ぶものなのではないでしょうか。
ただ、サイバネティクスは上記のように、その言説や理想はある時限に到達した瞬間に次の姿を指し示すものへと書き換えられる必要を内包していると言えます。著者はこの点を指して「神話の変奏」と呼び、
「本書は神話に基づく変奏となることを意図している」(p15)
と書きます。それゆえにこの「神話」は本書を読み進める上で大事な概念となっています。
ところで、上のサイバネティクス神話と一般的な神話の間に相違点を感じた方はいらっしゃいますか?その方は非常に鋭いです。著者は抜け目なく一般的な神話とサイバネティクスの神話の違いについても「まえがき」で触れているのですが、あえてここでは触れません。ご興味のある方はぜひ、本書をお手にとってみてくださいね。
なお、サイバネティクスという考えは、本書によれば1980年代には工学的には古臭いもの(「第9章 マシンの下降」)とされているそうです。現在サイバネティクスに注目する研究者といえば科学史家や文化論学者だとも書かれており、サイバネティクスの神話はもう死んでしまったかのような印象を持ちましたが、それは本当でしょうか?
現在いよいよ真実味を帯びてきているシンギュラリティの到来に、サイバネティクスが提示できるものは何もないのでしょうか?
今はこの神話が地下水脈となって、またどこか変奏として出現するのを待っている、まさにその時なのではないかと思われてなりません。
高額買取商品一覧
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今回も良書をたくさんお売りいただき、誠にありがとうございました!
スタッフN
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