2024/11/01
精神医学書の買取【378冊 17,749円】
今回は精神医学・臨床心理に関する書籍を中心に買い取りました。
力動精神医学史研究の金字塔
その中でも特に高額で買い取ったのはこちらの本。
『無意識の発見 力動精神医学発達史』Henri Ellenberger著,木村敏・中井久夫監訳,1980年,弘文堂.
力動精神医学史研究の金字塔とされているのが、この『無意識の発見』です。原著の出版は1970年。その翻訳として1980年に出版された本書は、2段組で上下巻合わせて1000ページ超え。まさに大著です。
とはいえ、まず「力動精神医学」という用語にあまり聞き馴染みがない人が多いかもしれません。特に「力動」という若干小難しい訳語にひっかかりそうです。その点、むしろ原語の”Dynamic Psychiatry”の方がシンプルで理解しやすいでしょうか。こちらの方が、精神や心を動的な観点から捉える立場ということがなんとなく見えてきます。
誤解を恐れず単純にまとめれば、力動精神医学とは精神現象や心の病いについて、生物的・文化的要因なども含めて、その動的な発生メカニズムを分析し、治療にも活かすという研究領域のようです。
有名どころで言えば、フロイトやユングも本書には登場します。しかし本書の独自性はむしろ彼ら以前の力動精神医学の起源や黎明期を詳しく掘り下げているところにあるでしょう。力動精神医学の起源として古代の原始治療である呪術やエクソシズムにまで遡り、催眠術を軸にした第一次力動精神医学を経て、現代の四つの主要理論体系の提唱者としてジャネ、フロイト、アードラー、ユングたちへ至るという一連の壮大な歴史絵巻が本書では繰り広げられています。
そしてその歴史考察において一つの軸となるのが、いかにして「無意識」という要因が力動精神医学のキー概念として取り入れられ、理論や治療において利用されるようになってきたのかという視点です。
例えばエレンベルガーによれば、1775年に成立した「第一次力動精神医学」の主な特徴として以下のものが挙げられています(上巻,p. 134)。
- 人間の心について、「意識される心理体制」と「無意識の心理体制」の二重構造という新たなモデルを構築したこと。
- 「心的エネルギー」という概念を基礎にした神経病の新たな病理発生理論が生まれたこと。
- 精神療法において、無意識への主なアクセス方法が催眠術だったこと。
このように力動精神医学では黎明期から、無意識の心的エネルギーが理論的に重要視され、その研究成果を治療に活かそうと試みられてきました。そしてこの第一次力動精神医学を経て、新たな力動精神医学の四大理論体系として、ジャネの心理分析、フロイトの精神分析、アードラーの個人心理学、ユングの分析心理学へとつながっていくのです。
力動精神医学は果たして科学か?
以上が本書の大まかな内容となりますが、ではこのエレンベルガーの研究書が力動精神医学史を学ぶ上で必読文献とされている大きな理由はどこにあるのでしょうか。
それはまず本書が、足場も境界も実はそこまで定かではない力動精神医学という領域について、できる限り科学的・客観的にその歴史を調査したところにあると思われます。
エレンベルガー曰く、力動精神医学が発展してきた歴史は、他の科学分野と比較してもかなり波乱万丈だったとのことです。
「力動精神医学ほど多くの変身をとげてきた学問分野は他にない」(上巻,p. ⅰ)。
現代の私たちの目から見れば怪しさ満載の原始治療から始まり、次々その姿を変えてきたという事実だけでも力動精神医学の道程を描くのは困難でしょう。加えて、それら多様な技法や理論は、歴史を通じてそう簡単に人々に受け入れられてきたわけでもありません。逆に排斥の対象となることもあったとか。そのような動乱の歴史が、より力動精神医学というものを捉え難くしているわけです。
さらに近代以降、力動精神医学の理論や方法論が成立してくると、今度は様々な学派や理論体系の間に衝突や軋轢が生じるようになりました。結果として現代に至っても力動精神医学は、主要な理論体系が複数確認でき、決して一枚岩とは言い難い状況にあります。すると科学というものをより厳格に捉える人々の目から、力動精神医学は科学の一分野であると果たして言えるのかと疑問視されるようにもなってきました。
そしてまさに本書では、〈力動精神医学は本当に近代科学の一分野足りえているのか?〉という重要な疑問に答えることが大きな課題となっています。
実際これは精神医学に詳しくない人々が多かれ少なかれ抱く疑問でもあるかもしれません。その意味で、精神医学の門外漢にとっても本書は一読の価値があるでしょう。
また、問題は力動精神医学自体の歴史的混迷状況だけではありません。これまでの力動精神医学史の研究にも大きな欠陥があったとエレンベルガーは指摘しています。
「現行の力動精神医学史の捉え方はどれをとっても、誤謬と空白部と伝説にすぎないものとを他の科学の歴史よりも大量に含む点が、いちじるしい特徴である」(上巻,p. ⅰ)
だからこそエレンベルガーは、可能な限り一次資料や直接的な目撃者の証言に基づき、事実に沿った分析を心がけたとのことです。
その一方で、力動精神医学史と主要な力動精神医学理論をエレンベルガー独自の観点から再構成することも試みられています。その際、力動精神医学内部の事情にとどまらず、当時の政治的・経済的・文化的背景も分析の射程に収め、特にジャネやフロイト、ユングなど主な理論家たちについては彼らの時代背景や家族背景、生涯と事件、人柄、思想的源泉などまで踏み込んで調査し、実に詳細な伝記研究としてまとめています。これが本書の大きなポイントです。
こうしてエレンベルガーは力動精神医学史研究の新たな一歩を切り開きました。ただ、力動精神医学の歴史や理論の再構築にとって、そこまで詳しい伝記研究が本当に必要なのかと疑問に思う人もいるかもしれません。しかしエレンベルガーは以下のような衝撃的な結論を提示しているのです。
「力動精神科医の世界認知形式がその持つ個性的能力と感受性に依拠することは作家芸術家に劣らない。力動精神医学は心的現実に対して持ち前の各々独自な感受性を持っており、その理論はその人の人生上の事件から影響を受けている」(下巻,p. 557)。
つまり力動精神医学の理論や実践は、その理論の提唱者や実践者と切り離して考察することはできないことになります。だからこそエレンベルガーの伝記研究は、力動精神医学の歴史と理論を再構築するうえで、極めて大きな意味を持ってくるのです。
しかしそうなると、個性や人物に大きく依存している力動精神医学は果たして科学的と言えるのかという前述した重要な疑問にあらためて焦点が当てられることになります。
一般的な印象から言っても、精神医学という領域の曖昧性を感じる人は多いでしょう。それこそ精神医学なんて科学ではないと強硬に主張する人も一定数いるかもしれません。本書でも指摘されているように力動精神医学の歴史は、受容と排除、対立と矛盾の歴史だったという点も、力動精神医学のアイデンティティに対する不安を助長しているように思えます。
では、肝心のエレンベルガーはこの根本問題にどう答えたのでしょうか。
「現代科学は知識の一元的総体である。各個別科学は各々自律的で、その対象とするものと特有の方法論が何であるかによって定義しうる。これに反して、力動精神医学は、境界が不鮮明であり、他の科学領域を侵犯する傾向を持つ。他の科学に革命を起させるとまでは行かなくても、である」(下巻,p. 564)。
このようにエレンベルガーはまず力動精神医学の特異性について指摘した上で、特に力動精神医学と実験心理学の対比に注目します。実験心理学が属するとされる近代科学的アプローチは、量的還元と測定、実験を基礎とします。ところが、その範疇に力動精神医学は当てはまりません。「超自我」や「リビドー」など、力動精神医学で用いられる諸概念は量的に捉えることができないからです。しかしそれら諸概念は、精神療法を実践する精神科医にとっては紛れもなく現実的なものに他なりません(下巻,p. 565)。
もはやこうなると、どちらが正しいのか、どちらが真に科学的なのかという問題設定自体を見直すことが求められてくるわけです。
そしてエレンベルガーは力動精神医学のアプローチを、実験心理学ひいては一元的科学の枠内に押し込めるのは不毛だと結論づけます。つまり人間の心へのアプローチとして、これら対極的な2つの思想が共存することを認めるよう提案したのです。
「一元性を求める科学者にとって、人間の心の認識に二つの相容れざる接近法が同時に存在しうるということは衝撃的なことである」(下巻,p. 566)。
かくしてエレンベルガーは本書の研究を通じて、力動精神医学は科学かという疑問に対して、第三の道的な結論を提示したと言えます。
ただその一方で、力動精神医学の諸大系の自律性を認めるか、それとも一元的な科学という理想を守り抜くかという二項対立を克服する可能性として、心理学者と哲学者の共同作業によって新たな概念枠が手に入るかもしれないと本書の最後に示唆されている点が興味深いところでしょう。
このように『無意識の発見』は、力動精神医学の難解な理論に関する諸考察も含まれる専門書であり、かつ緻密な歴史考証が積み重ねられた大著です。それゆえ、その内容と魅力のほんの一部しかここでは伝えることができません。とはいえ本書は、催眠術やエクソシズムなどのスキャンダラスな事件や興味深い様々な臨床事例、学者たちの人間ドラマなどが入り乱れる壮大な歴史物語としても、十分に読み応えがあると言えます。
そして精神医学に関心がある人々にとっては、フロイトやユングにも大きな影響を与えた重要人物でありながら、あまり一般的に名前が知られていないピエール・ジャネ[1859-1947]について、1章丸々割いて詳しく扱っている点などは本書の大きな魅力と言えるでしょう。
あるいは、特にフロイトの理論などがジャック・ラカン[1901-1981]たちの思想を通じていわゆる「現代思想」の文脈で消費されることが多い現在、本書はあらためて精神医学という領域を正面から再検討する一助にもなるかもしれません。
分裂病と精神医学から見る人類史
それでもさすがに『無意識の発見』は少し敷居が高いと思う人のために、こんな本も合わせて紹介しましよう。これも今回高額買取した本の中の一冊です。
『分裂病と人類』中井久夫著,1982年,東京大学出版会.
著者の中井久夫さんは『無意識の発見』の監訳者にも名前を連ねています。日本の精神医学界隈における権威であり、分裂病(現在の統合失調症)研究の第一人者です。
精神症状のひとつである「分裂病」という概念も、実は多分に曖昧なところを含んでいます。本書第1章「分裂病と人類」では、そんなどこか捉えがたい分裂病がいかに成立するのかについて、人類史的な視点から人間工学的な語彙を用いて検討されています。人類全員が分裂病になる可能性を持っているという仮定の下での、「分裂病親和者」(=S親和者)に関する考察です。この部分は、中井久夫の分裂病論の入門としてもおすすめと言えます。
ただ本書の目玉はやはり第3章「西欧精神医学背景史」でしょう。古代ギリシアから出発し、魔女狩りや近代化を経て、「正統精神医学」と「力動精神医学」の比較に至るまで、まさに精神医学の歴史が職人技のごとくコンパクトにまとめられています。精神医学の歴史をその輪郭だけでも知っておきたいという方にも便利な一冊と言えるでしょう。
また、ここでもやはり精神医学という領域と歴史や科学の関係性が常に問題視されていることには注目です。そういった点を念頭に、『無意識の発見』と『分裂病と人類』を読み比べるのも面白いかもしれません。
本書はたった250ページほどに、精神医学と人類の歴史が詰め込まれた力作です。文体も内容も多少難解ではありますが、『無意識の発見』という高い山に挑戦する前に様子見で一読してみることをオススメします。
今回の高額買取商品一覧
これらの買取額は査定時点のものですのでご注意ください。
(買取額は市場の需要と供給のバランスにより変動するため、現在とは異なる可能性がございます。上記は2024.10.17時点の金額です。)
スタッフTM