2022/09/15
歴史に関する書籍の買取【58冊11,232円】より 「論点・西洋史学」ミネルヴァ書房、2020年
今回は歴史に関する書籍をたくさんお譲りいただきました。以下に特に良い査定額が付いたものを紹介いたします。
「論点・西洋史学」
「論点・東洋史学:アジア・アフリカへの問い158」
「大正政変 ― 国家経営構想の分裂」
「銭躍る東シナ海 貨幣と贅沢の一五~一六世紀 (講談社選書メチエ)」
「天皇の国史」
「軍事理論の教科書: 戦争のダイナミクスを学ぶ」
「モンゴルの歴史[増補新版] (刀水歴史全書59)」
「韓国「反日主義」の起源」
「日ソ戦争への道 ノモンハンから千島占領まで」
「英米世界秩序と東アジアにおける日本―中国をめぐる協調と相克 一九〇六~一九三六」
「ヨーロッパ世界の誕生 マホメットとシャルルマーニュ (講談社学術文庫)」
「インド洋海域世界の歴史 ――人の移動と交流のクロス・ロード (ちくま学芸文庫)」
などなど。
高額査定となったのは日本含むアジア圏を研究対象にした本が多い印象ですが、地理的にも、時間的にも広く長い歴史を対象として書かれた様々な本をたくさん送っていただきました。ありがとうございます!
お送りいただいた本は全体的に2000年以降に発行された新しいものが多く、状態も良いものがほとんどでした。そのような状態の良さも今回の高額査定につながっています。
専門古書の界隈では、研究者にとって誰もが参照するような古典的名には発行年が古くても比較的良い査定額がつくことが多いのですが、全体の傾向を申し上げるなら新しい研究視点を提示したり、最新のデータに基づいた分析をしたりしているものに人気が集まりがちです。人気=需要の高さは如実に古本の査定額に現れます。読まなくなった本は本棚に眠らせておくのではなく、次に読みたい方のために早めにお譲りいただくのが吉です。
さて、上述したような傾向(古くなると本の価値が下がりがち)は今回の歴史関係の古本についても見られます。過去に起こった事象は1つだとしても、その認識の仕方は時代や場所によっても変化するものです。ある史実について、以前はある解釈Aが当たり前に受容されていたのが、異なる視座から提出された解釈Bによって見え方がガラっと変わる。そうなると、解釈Aは批判にさらされるか忘れ去られ、次に解釈Bについて著述された本にスポットライトが当たる…。
古本買取のレベルなら「解釈A本は安くなっちゃいますよ。今は解釈B本の買い時、売り時ですよ!」程度の話になってしまいますが(笑)、そのように歴史学者たちの異なる主張のぶつけ合いが繰り返されることで総体としての歴史学研究が進んでいくわけですね。そう思えば、古本業界における古本価値の上下動ですら歴史研究の潮流を映す大きなうねりの中にあるというロマンを感じます。
・・・と、古本屋が感じるロマンの話は置いておいて。
今回ピックアップする1冊は上記のような個別の解釈Aや解釈B、それぞれについて詳解した本ではありません。
むしろ、そういった1つの史実をめぐり幾通りもの解釈たちが発生しがちな歴史認識上のポイント、すなわち「論点」を集めた1冊なのです。それがこちら
「論点・西洋史学」(金澤周作 監修、ミネルヴァ書房、2020年)
です。
タイトルをご覧になるとわかるように、こちらの本では西洋史を研究するにあたっての「論点」を集めています。
監修者は京都大学大学院文学研究科教授の金澤周作、編著者は藤井崇、青谷秀紀、古谷大輔、坂本優一郎、小野沢透(いずれも敬称略)など数名が表紙に名を連ねていますが、本書の執筆者数はなんと123人にも及びます。西洋史と一口にいっても、古代から現代に至るまでの歴史の真実を突き詰めようと思うと、それだけ数多くの「論点」にぶつかるということです。ちなみに、「論点」の数は
●西洋古代の論点・・・32項目
●西洋中世史の論点・・・28項目
●西洋近世史の論点・・・29項目
●西洋近代史の論点・・・26項目
●西洋現代史の論点・・・24項目
の計139項目です。
各項目は見開き2Pにまとめられており、
(1)史実 でその論点の背景をなす歴史的な諸事実やおおよその共通了解が示されます。そして、
(2)論点 で(1)の史実に対して論争となっている事項を何点か紹介し、
(3)歴史学的に考察するポイント として、(1)、(2)を読んだ上で読者自身がその歴史的事象をどう解釈するかのガイド役となる問いかけが用意されています。
ところで、皆様は大学受験の際に世界史を受験科目として選択しましたか?
まず、本書を読む前に注意したいのですが、「はじめに」でも断り書きがされているように、こちらの本は「概説・西洋史」ではありません。よって、本書だけを読めば古代から現代に至る西洋史の概略が理解できるというものではありません。そして、本書カバー折り返しに「世界史の知識がなくとも理解が進む工夫が満載!」と、いかにも世界史をかじったことのない人でも楽しめるかのように書かれていますが、少なくとも大学受験レベルの世界史の知識が素地にないと、本書の読破はかなりしんどいのではないかと思います。
例えば、上に紹介した本書の「論点」提示のスタイル:(1)史実(2)論点(3)歴史学的に考察するポイントに則って、一番最初に用意されている論点、「ホメロスの社会」を箇条書きにしてみると
(1)史実として:ホメロスの「イリアス」「オデュッセイア」が描く社会にはなんらかのモデルが歴史的に実在したのでは?という前提がある
(2)論点として:ただし、ホメロスの作品はあくまで文学作品であり、例えばトロイア戦争が史実であるとは考古学的には証明されていない。また、ホメロスの社会のモデルとして考えられる実在の都市(例:ミケーネ)や時代(例:後期青銅器時代・初期鉄器時代)についてもいくつかの主張があり、近年ではホメロスの社会の由来についての新たな視角も提唱されている
(3)歴史学的に考察するポイントとして:①文学作品を歴史学の史料として用いることは可能なのか②シュリーマンはホメロスの社会の解釈にいかなる影響を与えたのか③ホメロスの社会をミケーネ文明と結びつけることは可能なのか
といった具合になりますが、「イリアス」「オデュッセイア」「ミケーネ」などについての用語についての説明は付されておりません。恐らく、本書を手に取る人物として「歴史学を学ぶ大学生以上の知識をもった人」が想定されていると思われ、そこから知りたい人については自分で別の資料を探すか、これも本書の「はじめに」でことわられているように「基礎的な用語の意味はネットで検索してください」というスタンスです。そういうわけで、「これ1冊で西洋史の入門→考察までバッチリだぜ!」と期待している方は注意が必要です。
ただし、本書はこのように歴史入門書としては難しいと思われますが、提示されている「論点」について考察する際に最低限必要となる用語についてはクロスリファレンスがとても充実している点は書いておくべきでしょう。また、本文中にはさらりとだけ触れられただけの研究者たちのフルネームが巻末にまとめられていることも特長です。これがあることで、更に知識を深めたいと思ったときにその研究者の著作を探し出すことが容易になります。
そして、歴史学者が「論点」を扱うという性質上、どうしてもその研究者本人の主観が反映されてしまうのではないかとの懸念があったのですが、各「論点」とも中立の記述が徹底されている点も素晴らしいと感じました。
何を置いても本書の特長として挙げなければいけないのは、「論点」を紹介することで、その史実が「なぜ・どのように」起こり、「それはどうしてそういえるのか」を思考し、意味を与えるという作業自体が歴史を学ぶ醍醐味であると認識することを読者に促している点でしょう。
私のように受験科目として世界史を単語のみを詰め込んだだけのような者はその事象の意味についてまで思いを馳せることはないので、本書によって「歴史をどう見るか」という視点を与えられたのは非常に新鮮でした。改めて史実がイコール歴史になるのではないのだなということも実感し「やはり歴史は味わい深くて面白い!」と素直に思うと同時に「これでは編著者たちの目論見通りだ!」ともひねくれ者の私は少し悔しく思いました。
今回ご紹介したのは「論点・西洋史学」ですが、当然のことながら西洋史だけではなく同じシリーズに「論点・東洋史学」があります。
そして!今年2022年8月には「論点・日本史学」も発売された模様です。
「ここまできたら全部読みたい!」と思った直後に、「これではミネルヴァ書房の目論見通りだ!」と再度少し悔しく思ったのでした(笑)。
今回も良書をたくさんお譲りいただき、ありがとうございました!
スタッフN